「孤立」と「孤独」から考える「フリースクール」の役割

私は、生まれてから今日まで40年以上の人生を生きてきた中で、分かったことが一つあります。
それは、「人間とは孤独な生き物である」ということです。

 

柔道選手だった時代はまさに「孤独」との戦いでした。
選手を引退する時、私はこの「孤独」から解放されると思っていました。
しかし、そうではありませんでした。
それまでは「柔道選手だから孤独なのだ」と思っていましたが、実は「孤独」と私が柔道選手であることとの因果関係はなかったのです。
その時に気がつきました。「人は生まれながらにして孤独」なのだと。

 

仏教には【独生(どくしょう)・独死(どくし)・独去(どっこ)・独来
(どくらい)】という言葉があります。
人の孤独について説かれた言葉です。
文字通り「人は一人で生まれ、一人で死に、一人で去り、一人で来る(六道輪廻する)」という意味です。
「死」という字は、分解すると「一人旅(一、タ、ヒ)」という意味だと聞いたこともあります。

 

また、キリスト教徒である作家・三浦綾子さんの作品の中に「孤独の隣に神がいる」という言葉があります。

宗教や国籍、性別、年代関係なく、遙か昔から私たち人間は「孤独」と向き合ってきたのではないでしょうか。

 

人間は「孤独」だからこそ、他者との繋がり、社会との繋がりが必要な生き物とも言えます。
「孤独」だからこそ、他者、社会との繋がりが絶たれた状態である「孤立」は、私たち人間にとって死活問題なのかも知れません。

 

学校には行けなくても(行かなくても)、生身の人間との繋がり、社会との繋がりを保ち、不登校の子どもたちを「孤立させない場所」。それが「フリースクール」の役割である。

そんなことを考えた、臨床心理士・中里文子先生のコラムでした。

〈人生100年時代の明暗〉
https://agc-office.com/キャリア/c20200124

 

志道館フリースクールクラスは、中里先生にもご尽力いただき、「心」の面からも専門的に不登校のお子様・保護者の方のサポートをしていきます。

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館長・坂東真夕子

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基礎体力・心・学力を高めるフリースクールクラス

文武一道塾志道館の中高生不登校児・引きこもりの若者向けの柔道プライベート稽古クラスです。
身体と心の両方で、子ども達が自分の人生を自信を持って歩み、将来世のため人のために自分の力を使うことができる人になるサポートをいたします。

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